2014年1月25日(八段語録1977)

指導者に告ぐ


 最近の実践空手道の版図が広がりを見せています。その大部分は、極真空手で歩んだ人が、独立して、自分の流派を立ち上げているのです。JKJOという団体の中心的なマックの責任者も、元を正せば、極真会館の人なのです。柔道は、流派を名乗ることなく、講道館でまとまりましたが、空手道に関しては、修行半ばで、極真を離れ、自らの団体を立ち上げるという事が始まりました。別に免許皆伝というわけではないのです。極真会館という組織から離れてしまって、しかも空手道を追求していこうとする人たちなのです。
 源流としての極真会館の私は、そのことに対して、どのようにすべきか、という事ですが、すべては、会長にお任せしているのです。しかし、どの団体が主催する大会に出場しても、みっともない真似はしたくないものです。試合に臨むのなら、他流試合ですので、勝たなければならないという事です。そして、極真の業績を上げるべきです。その基準を守るようでしたら、問題は無いのです。極真会館はあらゆる基準を立ててきました。敗北することなどあり得ません。他流派に負けてはならないという信念も必要です。実践空手の本家本元であり、源流なのです。どんな試合に出場するにしても、極真の精神でなすべきです。
 本質はこういう事です。どのような試合でも心を投入するという事です。すべての心を尽くして、大会には出場すべきです。もちろん、菅野師範の許可がなければ、どんな大会にも参加することはできません。私は、この極真会館宮城県本部に関して、非常に多くのエネルギーを投入してきました。このために時間と資本を投入してきました。有り金全てを投入したのです。もちろん、最初は信頼も無かったので、銀行からも相手にされませんでした。極真会館宮城県本部を立ち上げるときに、誰も歓迎はしないのです。それが、多くの理解を得て、現在の私達があるのです。
 そして、極真会館宮城県本部の将来は、誰の為ですか。皆さんが指導者になったのは、不思議な縁で結ばれ、しっかりとした絆を作ったからであり、天の召命ゆえに、ここにいると思えればいいのです。極真の指導者は特別な立場であるという事を自覚すればいいのです。私は既に、この人生を極真と共に越えてきました。長い、莫大な時間を投じてきました。もちろん自分の為にそうしたのだろうと言われたら、修行者ですから、当然ですというでしょう。そして、少しは指導者の皆さんの為にもしていると言いたいのです。
 やはり、人生を振り返ると、道場で汗と涙、そして血を流してきたのです。そのようにして修行してきた伝統であることを考えてみてください。私は、極真会館宮城県本部を設立してから、もう既に十年以上は立ちました。もう既に、指導者の皆さんが相続する時代に突入しているのです。私としての見解ですが、もし皆さんが指導者の基準を形成できなければ、大きなものを失うと思ってください。もし、基準を形成できなければ、誰か他の人がやって来て、皆さんからそれを奪ってしまうでしょう。そのような意味では、この瞬間から決意して、指導者プログラムに則ってください。毎日が将来に向かっての第一歩なのです。