2014年1月23日(八段語録1975)

指導者に告ぐ


 最善を尽くしている人からの相続するという、意欲を持った価値ある指導者になるべきです。指導者の皆さんが忘れてはならないことは、最高の人について行くという事です。最高の極真にしっかりと、ついて行くという発想です。二流の所についてはあまり心配する必要はないのです。最高の極真空手に近づくために、稽古に十分興味を持たなければならないのです。たとえ、先輩に多くの指導を受けていたとしても、自分の中にしっかりとした準備をしておかなければならないのです。
 もし、道場に影響を与えたいと思うならば、最高の指導者と連結することが重要です。そして、個性をしっかり発揮して、特質のある人間となり、指導者の得意の分野を築き、師範の心を揺り動かすことができるようにならなければならないのです。このような指導者に到達するためには、何かの分野において真剣になり、研究し、成功を収めるようにならなければならないのです。試合に勝つだけが指導者ではないのです。そうすれば、その分野で、同じように努力している人達の心を動かすことができるのです。
 ところで、人生において何事かを達成する指導者は、それらの事を相続するために、尊敬できる指導者を持ちたいと思っています。では、繰り返すようですが、その指導者はどのような人を尊敬できるでしょうか。そのよう指導者は真剣で、本気になって研究し、学ぼうとする人、そしてその学んだ事を応用しようと本当に努力するような指導者を尊敬するのです。このような人が尊敬を勝ち得る人です。せっかく、極真の道に足を踏み入れたのだから、そのような指導者を目指さなければならないのです。
 そのような、最高と思うような指導者は、普通何人かいるものです。そのような人達を研究し、良い特性を見出してください。三年間は最低何も言わずにやりましょう。無駄話をすることはエネルギーを消耗し、集中力を奪われるだけです。だから行動するようにしなさい。黙って黙々と学ぶ姿勢は良いかもしれません。そして、皆さんがいなければ、寂しがられるような人になるのが理想です。
 くどいようですが、指導者の皆さんは、他の人から近くにいて助けてもらいたいと思われるような人にならなければならないのです。何も、自分の役割を成し遂げなくても良いという意味ではなく、自分の役割をなし終えた後に、他の人に自由に手を貸してあげられる余裕を持ちましょうというのです。もっと、細かいことを言うようですが、洗面所に行ったとき、ごみが散らかっているのを見れば、誰が見ていなくとも、ごみを拾ってゴミ箱に入れるという事です。このような習慣を身につければ、後になって違いが表れてくるのです。そのような事から、最高の人になる道が切り開かれていくようになるのです。