2014年1月21日(八段語録1973)

指導者に告ぐ


 絶えず、研究して、自分で極真空手で見つけた原理原則を応用しなければならないのです。できるだけ多くを試み、できるだけ多くを研究する者が、極真空手という分野で、勝利者になるのです。さらにまた、自分の心の状態も、研究すべきです。満潮になっているのか、干潮なのか、その中間の状態なのかという事です。この三つの時にどのような結果が得られるのかを試み、見つけ出すべきです。女性の方が男性より敏感なのかもしれません。このように、極真空手に携わるという事は、あらゆる要因を考えなければならないのです。
 特に、組手はとても難しい修行です。私は、組手をする時間を一日の中でも、一番体と心が活発な時期にしていました。その時は、何かの先約だとか、いかなる予定があったとしても、行かないし、組手だけに専念して、それ以外の事はすべて忘れるという戦略立てていました。お互いにファイトしているときこそが、集中すべき時だからなのです。その継続的な訓練で、試合に勝って、自分の業績ともいうべき記録を樹立することができるのです。間違いなく、一生の思い出になるのです。それは、自分にとって重要であり、家族にとっても重要な事なのです。
 ある大会で、優勝することができたならば、人々が認めてくれます。彼らは皆さんを尊敬するでしょう。人々が皆さんを尊敬したらどうなりますか。人々は皆さんの所に来て、どうして勝つようなったかという事を聞きたがります。指導者に関しては、どのように指導したら優勝者を出すことができるのかという事を細かく聞くことになるのです。しかし、記録を持っていなければ、何を話しても疎んじられるだけなのです。
 狭い範囲の話ですが、物事を研究しなければならない理由はこのような事も含まれるのです。ある意味で、組手は、ただ打撃だけを試すのではなく、何かを仮定して、それを試みなければならないのです。何かを仮定して、それを証明するような組手をしなさい。これが、皆さんを一味違った道場生にするのです。そうして、自分なりの習性を活かすのです。何度も言うようですが、調査したり、研究したりしなければならないのです。研究し、実行し努力するのです。何事においても同じことだと分かれば、勉強もできるようになるはずです。
 蛇足として、しつこく話すならば、多くの時間をこの事に投入しなければならないのです。最初はそれほど、結果を得られないでしょう。それで何をすべきか、どのような人と切磋琢磨すべきか研究するのです。このような原理原則を適用し、目標を達成するために努力を集中するのです。このような事が、皆さんの一生を通じて適用できる基本的な原始原則だと思いませんか。この原則を一度骨身にしみたならば、決して忘れないでしょう。経験を通して学んだことは決して忘れることはありません。何事も中途半端だと、あまり期待を持つことはできないのです。このことは、私が経験してきたことです。
初めは小さな違いでも、後になってみれば、大きな違いをもたらすものであるという事を忘れないでください。今、指導者の皆さんが、若い時にこういった習慣を身につければ、後の人生にいて、何者かになることができるでしょう。このように努力しなければ、四十年たっても何者にもならないでしょう。私はずっと、集中した生き方をしてきました。何事にも関心を持ちました。極真空手は、一つの領域に過ぎません。私は単なる空手家ではありません。それは、同じ原則を用いてあらゆる面に応用しているからです。