2011年7月21日(八段語録1381)

私と全国組織(51)首都圏で二人の友人と出会う


 広島から仙台には帰らずに、そのまま成田空港に向かうコースの予定になっていました。ホテルには車で宮城師範が、空港への送りに来てくれました。山陽高速道路を一時間も走ると広島空港です。到着して間もなく、二階の喫茶店で、ミーティングを持ちました。どのような戦略を立てながら、広島県本部を発展させていくかということで会話が弾みます。
 もう二人とも、広島の発展に対しては、確信しているのです。もちろん、家族というスタッフが、強固な絆のベースの原動力になるのです。ここ一年余りで、百名余りの道場生に繁殖させ、三年もしないうちに、盤石な基盤となるのです。この広島県本部が次の杉原師範、数納師範、高橋師範の目標になるわけです。
 ともあれ、広島ともお別れして、羽田に到着です。そこで30年前の友人と待ち合わせです。ちょっとしたレストランで、つもる話しになりました。30年間の生き様がお互いの顔に現れていました。昔話から現在の境遇に至るまで、尽きないのです。それでも、4時間余りの時間が過ぎて、別れが惜しいかのように、成田空港近くの東横インに向っていきました。
 東横インに着くや否や、今度は思いもしなかった友人に声を掛けられます。このようなに、昔の友人に会うための、一日になったことの、良き出会いに感謝するのです。この友人は、今岩手に住んでいるというのです。30年前の時代にタイムスリップしてしまいます。お互いが若かったので、理想と夢に燃えていました。その夢の実現度合が測られているようです。
 友人と話している内に、妻との出会い、それからの北海道での修業の数々、広島での活動、香川を経て東京池袋での選手時代、さらに大阪、和歌山と各都市を変遷しながら、愛情の絆を結んだ日々が、走馬灯のように思い出されてならないのです。そんな人生を謳歌しながら、エンジョイした日々が刺激的な情景を醸し出すのです。前に座っている友人の表情も、私と同じように過去に思いを寄せているようでした。
 今の私はというならば、夢の途中なのです。これからやらなければならない目標があるのです。内的環境としては、当然家庭を充実させて、息子夫婦、それから娘達が結婚し、良き家庭を築いていく道のりを描いているのです。さらに、外的環境は、当然世界を又にかけて、羽ばたいていくことを夢見ているのです。
 二人の友人に出会って、お互いの過去を話しているうちに、理想と夢を追い続けて、今も元気に世界を飛び回っている自分が誇らしく感じるのです。友人の姿にも道は違えども勝利の足跡が、身体全体で輝いているように思えるのです。いつまで続くか分からない人生ですが、今日まで、一心不乱に走りぬいて来られたことに、充実感を覚えてしまします。
 ルームキーをフロントでもらって、部屋に入ると、かなり広いスペースになっていました。明日は、ベルギーに出発です。会長と二人三脚での組織運営も、板についてきました。意見の違いも、今ははっきり話します。それでなお、支えようとする自分が映し出されます。そんな人の良い生き方が私であるという事にも誇りを持ってしまいます。これからの作戦は、会長と私が役員として、全体の運営の中から役員報酬をもらうという事になるのですが、まだまだハードルが高そうです。そのための信頼基盤を築いていく事に、神経を使いそうです。それでも主張し続けるべきであると考えるのです。