2011年7月4日(八段語録1364)

私と全国組織(34)大臣の定義と復興

 今日のニュースが、松本防災大臣の権力を背景として傲慢不遜な態度に、被災者の怒りが止まらないというニュースでにぎわっているのです。権力志向がこのような態度になるのかと、在りがちな人間の堕落性に対しての憤りも限度を超えてしまいます。
 確かに、政府の役割の重大性は認識するのですが、国民に対する姿勢そのものが問われるのです。弁明の中では、知事に対する姿勢として強調していましたが、パートナーシップを組む知事に対して、頭を下げなさいという強要する態度は、いかがなものなのかと感じてしまいました。
 主要ニュースで、松本復興担当大臣は、岩手・宮城両県の知事と会談した際、「知恵を出さないやつは助けない」などと厳しい発言を繰り返したことについては、とても権力を背にした大臣として、人格面で許されるものではないと考えてしまうのです。また、宮城県の村井知事との会談では、村井知事が提唱し、政府の復興構想会議の提言にも盛り込まれた、「水産業復興特区」構想について、「3分の1から5分の1を集約すると言っているけれど、それは県がコンセンサスを得ろよ。そうしないと、われわれは何もしないぞ。だから、ちゃんとやれ」と命令的な口調で述べ、宮城県が主導して地元の漁業協同組合などの同意を得るよう求めました。このような表現になるのは、傲慢極まりない態度にしか見えないのです。
これが大臣なのかということだとすると、封建制度そのままの姿勢としか見えないのです。確かに、被害地域全体に対策を、周知徹底しなければならないと思うのです。今この時に決断しなければならないことは多いとも思うのです。江戸時代なら容易にうなずける内容でも今の時代には到底理解される発言ではないのです。
大臣になって、国の権威を当たり前のように着て、特別な権威意識になっていくのでしょうか。そして、その発言から、自らの責任を蔑にし、手を抜き、正しいことよりも、権威意識を強調し、都合の良い、心地よい威張りたがる方向に向かっているのでしょうか。
 もう松本大臣の姿勢に見るのは、考えることをやめ、疑問を発しなくし、強制と強要だけを重視する姿勢なのです。震災復興という答えだけを覚えていても、何をどのようにしなければいけないかというプロセスを忘れているのです。大臣の人格の体質が、如実に表れた一場面を見たような気がします。
 ここにきて、大臣であろうが、人格の検証をしなければならないのではないでしょうか。石版の碑文ではないのです。常に変化する被災地に対する復興戦略なのです。求められるのは、自己変革する能力であり、謙虚な姿勢でなければならないのです。今のような姿勢では、やがて陳腐化して、実効性を失うことになりかねないのです。これが、月曜日に起こったニュースのあらましでした。