2013年12月27日(八段語録1939)

指導者に告ぐ(44)


 還暦を迎えたからと言って、一日中家の中に閉じこもり、自然を眺め、また鳥を見たりしている生活ではないのです。当然、金持ちで気ままに生きている人生とも違うのです。私の人生を、今まで書いてきたブログから推測できるように、修行の日々であるのです。私の歩みは、極真を愛するという心を変えないできたのです。私は安楽な生活を望んでの人生は送っていないのです。全国の極真の道場を回ってきましたが、その場所を他の場所と同様、修行する場所として用いてきたのです。
 私が、どのような修行をしてきたのかは、「極真年鑑」「全日本選手権」・「パワー空手」を読んだりしたらよくわかります。また、一緒に修練を共にした道場生に聞いてくれるならば、彼らはつぶさに知っているのです。修行の期間中、決して酒を飲むことなく、タバコをたしなむことなく、また、女性関係を持つことなく、ただひたすらに極真の修行に集中してきたのでした。なぜならば、私の運命は、極真会館に出会う事になっていたからなのです。また、極真に出会って、心に何か感じるものがあったのです。それからというもの、毎日新しい自分を求めてきたのです。かつての道場生は、私の二十年、三十年という歳月を知っています。それでも、毎日、新しい考え、新しい情報を持とうとするのです。
 そのような意味では、一緒に歩んだ道場生にとって、依然として不思議な存在の人物として映っていたのです。それでも、その姿勢に感銘をして、東京・大阪・東京・新潟・宮城の道場生が立ち上がってくれているのです。彼らは、私の事を気にかけてくれて、私と修行をしてきたのです。ところが、毎日私と会う生活に慣れているというのではなく、私が次に何をするか分からないという事だったのではないかと思うのです。私が何を考えているのかをようやく昔出会った、道場生が理解を示すようになってきているのです。
 だから、私が指導者の皆さんに指示を出すときに、それを軽々しく扱ってはならないのではないかと思うのです。かつて一緒に歩んだ道場生は、いつの間にか必ず、言っていたことが成就するという自覚があるのです。そうではない人にとっては、戯言にしか思えないのです。しっかり受け入れてくれた人には、大きな力になるし、また信頼が良い影響を与えるようになるのです。何十年もたって、私ビジョンが次第に形を持ち始め、今では、かつての道場生でさえ、私の歩みを真剣な目で見つめているのです。このように歩んだビジョンはとても影響力があるのです。