2013年12月15日(八段語録1927)

指導者に告ぐ(32)


 極真会館宮城県本部の教育は訓練と勉強を旨とするのです。第一関門は、道場での修練という事になります。第二関門は、家族の基盤を確立していくことなのです。この時点が確立して、新たな発展が望めると確信しているのです。このようなパターンを通じて、指導者になっていくのです。私たちは、道場生増やしていかなければなりません。また、道場生を育てていかなければならないのです。教室での教育システムをフルに活用しなければならないのです。道場生は、指導者を尊敬してやってきます。多くの青少年は、尊敬するところから、空手を学んでいくのです。
 私たちは、教室の教育システムで、指導者を育てているのです。道場生は、道場の教育プログラムの知識だけでなく、社会や世界についての知識を、指導者から学ぶことができるのです。教室では、全部自分で教える必要はありません。空手は道場生が身に着けるわけですから、根気よく愛情を注いでいく事でポイントをしっかり指導するのです。そうすれば、あらゆる教育をすることができるのです。指導者は物事を考察できるはずです。あらゆるものが関連しあっています。指導者が持っているもの、そして周りにあるものを使うのです。道場生は学習する機会、自分を改善する機会を探しているのです。
 道場生は、指導者から多くを学ぼうとするのです。指導者から感銘を与えることに集中すべきです。「このような教育は大変良い」と、道場生から言わせるようにしなければならないのです。今現在、極真の伝統を正しく継承させる指導者の数が余りにも少ないので、どのようにして、穴を埋めていくかと心配することが多いのです。稽古をしているときは、途中でストップすることなく、道場生に全体像を捉えてもらって、空手の内容を教える方法を考え出さなければならないのです。最高の資質を持った指導者から、素晴らしい稽古を示すべきです。今、私たちはこのようなことに取り組み始めたばかりです。指導者が道場生から歓迎されているのであれば、もっと簡単なのですが、現実はそうではないので、道場生に教えるにあたってあらゆる努力を注がなければならないのです。
 指導者が、極真空手について、すべて知っているわけではないので、あらゆる経験をすべきです。もちろん、有段者を目指すことが必要になってきます。黒帯を締めてから、本当の指導ができるという事を理解するのには、時間がかかると思いますが、指導者として半分も理解していないのです。稽古をする目的を自分で探し求めなければならないことを念頭に置くべきです。更にもっと真剣に考えてみましょう。私の人生は生易しいものではありません。私は、極真空手について逃げることもできないのです。今の立場から逃げるすべはないのです。指導者の皆さんが、どのように感じているのか知っているけれども、回れ右して後戻りするわけにはいかないのです。私の行くべき道はこれ以外にないのです。このミッションを続けていく以外にないのです。さて、指導者は、あらゆることを吸収して、将来の準備をしていくべきです。