2013年12月2日(八段語録1914)

指導者に告ぐ(19)


 実践空手の団体が増えているのですが、元祖極真の後追いという事になっています。それゆえ、この極真という立場は先頭を走って行っていることに、誇りを持つべきです。そのような意味では、希望があるのです。この観点からしても、私たちの役割は重要であるというのです。実感として、私たちのい歩みは、「偉大」であると思えばいいのです。この団体は、大山総裁、一人から出発しましたが、私はそこに未来を見出したので、今まで黙々と歩んできたことになります。何の矛盾も感じることなく、歩んできました。この団体で,何を見たかというならば、自分を見たという事が正解なのです。
 道場で稽古をしてきた青春時代、安い寮の一室で過ごしたのでした。時には、朝から晩まで稽古を続けたのです。過酷な生活をしていたような気がします。死に場所を探したいとしても、それさえ見出すことのできないような環境でした。それは、逆に振り返れば最高に良かったというのです。多くの一般の人たちは、日常生活を超えて思考をすることはできませんが、私のような極真に明け暮れた生活は、はるか先の事を考えるのです。その為に、修行をしている最中でも、新しい人生に向かって道を歩み始めることになります。
 私は、極真の修行を通じてあらゆる未来を望んだのかも知れないのです。そして、結果的に、宮城県本部に、自分の基台を作ることができたのでした。私は、極真会館という偉大な修練所で大いなる道を歩んだこと、そして、世界に向かって発信しているという事を心に留めなければならないと思うのです。指導者の皆さんは、どのように指導したらよいかという事の技術的な内容は既に身に着けているのです。そして、私は、二倍化の夢に向かって、広げようとしているのです。なぜ、このような事をしているのかというならば、全部社会のために身を捧げているからなのです。
 私は、極真会館から利益を得ようとは思わないのです。最低限度の生活ができれば、それで十分なのです。それよりも、多くの人に極真空手を知らしめようとすることに、専念するのです。お金の収益よりも、極真空手を多くの人に、味わってもらう事を優先するのです。多く道場生に、極真空手が心身の一部になることによって、道場生の生涯が最高の段階まで達してほしいと望むのです。私は極真空手が道場生に対して、最高の効果を発揮するという事を実感しているのです。将来、社会の指導者が極真出身であるという事になれば、申し分ないことです。
 結論として、他の多くの人たちに、極真空手の真髄を与える方法を見つけ出そうと思っているわけです。それで、チラシも配りますし、道場での教育方針も厳格にしているのです。私は、極真空手を通じて、伝統の継承という概念を持っておく必要があると思うのです。持たなければ、極真空手の伝統は失われていくし、繁栄はなくなってしまうのです。このような意識で、誠実さを持って何事でも行うならば、私達と共に祝福はあると思うのです。そのような意味では、私達の目標を達成するために、深い洞察力を磨かなければならないのです。