2013年11月11日(八段語録1893)

武士道精神への理解


 武道精神が重要であるという点を考えてみたいと思います。道場生の皆さんは、極真空手の神髄を学んでいるので、武道精神について、私は、真剣に教育しなければならないと考えているのです。武道精神は、現代社会に重要な意味を持っていると考えているのです。それゆえに改めて、教育しなければならないのです。
 今の極真会館宮城県本部は、少なくとも、三人の極真の精神を受け継いだ弟子達がいます。少なくてもその弟子達は、道場生を教育して極真精神を教育しているのです。少なくても、十人以上の指導員を率いて苦労しているのです。彼らは極真精神の何たるかを悟り、宮城県の数多くの道場生の教育当たっているのです。
 十人以上の指導員を一つに束ねる役割を果たすために日夜祈るような思いで、心を砕いているのです。そうしなければ、前進することができないし、基盤拡大の困難さを感じているのです。何が、私たちの理想であるのかを考えているのです。極真空手は、この宮城県レベル、国家レベルそして世界レベルの組織であることは間違いないのです。
 そのような事を考えると、極真を束ねて発展させるという事は、そう簡単な事ではないのです。よく研究して、その発展に寄与することは、大変な事なのです。そして利点や長所を伸ばして、どのように発展させるかが、これからの課題であるのです。極真の修行してきた私でさえ、いつの日か自分がこのようにして、これほど多くの人々と関係をもっていくことなど夢にも思わなかったのです。
 私たちは、極真会館という範囲で一国を左右する指導者になるかもしれないのです。あるいはそれを超えて、世界レベルの指導者になるかもしれないのです。その前提は、家庭であることは、何度も述べていることです。私は妻を尊敬しています。彼女なしではやっていけないのです。ある意味で妻崇拝者なのです。もし、妻が悪女の場合、私は妻崇拝者になれないのです。
 私は、すでに還暦を迎えていますから、少なくても人間研究という面では、長老なわけです。私は人間の心を徹底的に研究しました。実際に人間関係でのトラブルを起こすことはめったにないのです。この武道精神を通じて一貫した哲学、あるいは思想とでもいうべき内容であるものがちりばめられているがゆえに、探究してきたのです。この武道精神の領域を研究し、実践してきたのも私という事になります。
 道場生の皆さんが、武道精神の価値が分かり、その価値が数百億円にも変えられないことが分かれば、武道精神への理解求めていかなければならないのです。そして、黙々と修行を貫かなければならないという結論になるのです。もし、道場生の中で、もっと立派な仕事ができるのであれば、私のもとへきて不平をいう事も許されるでしょうが、まだまだだという事なのだと思うのです。
 弟子達の性質にはいろいろあって、ある弟子は上昇カーブを上がっていくし、他の人は下降線を辿っていきます。ある人は繁栄の頂点にいて、今下降線を辿り始めている人もいます。またある人は上昇を始めたばかりかもしれないのです。人生においてこういうのは当たり前のことです。そのような意味では、調和を保たなければならないのです。それが武道精神での団結という事にもなるのです。