2011年4月21日(八段語録1290)

復興への道(7)

 やっと通常を取り戻して、チラシ配布を始めました。本部道場の近くの小田原と宮町からです。今は家族の結束が大事という事で、子供達3人と嫁の茂奈ちゃんそして私という事での始まりです。朝日を浴びながら、心地よい風と共に家々を走り抜きます。清々しい日常が始まりました。
子供達は、今二十歳前後です。悩みを抱えながらの人生です。昨日も自分をさらけ出す子供との話です。かなり落ち込んだ話ではあるのですが、本人からの身もだえする叫びに聞き入りました。親は聞くだけです。もちろん、アドバイスはするのですが、的確かどうか分からないのです。それでも二時間程の時が流れました。
親は、子供の悩みの本質を見分ける事が出来ると思っていましたが、そんなはずはないと、話を聞きながら感じるのです。しかし、子供達の悩みは、見分けたり理解したり出来なくとも、話だけはしっかりと、全部聞こうと思うだけの父親でありたいと思うのです。
今の私には、子供の否定的気持でも、常に褒めることだけを心掛けていという事なのです。子供達の悩みの危機に対して、切り抜けさせてあげる最大の支援なのかなと思うのです。
それでも、説教したくなる心を抑えるのが、本当に私の闘いになるのです。結論は、話す前に子供達は自分で持っているのです。ただその話をして確認したいだけなのです。それが良く分かっていながら、「順香、今まで頑張ってきた事はすごい事だね。しかし、如何してそのような考え方になるのかな。」と話しかけてしまうのです。もう親として子供を指示するような声は、かき消されてしまっているのです。
まさに、親として子供の難局を乗り越えるだけのメッセージを送ることに失敗しているわけなのです。もう既に私の心には後悔が見え隠れするのです。それでも満身の気持ちを表して、「今の状況は、冴えているわけでもなし、輝いているわけでもないね。しかし、一生懸命だね」それだけ声をかけてみました。結果はどうなるのか分かりません。しかし、子育てのしっかりした親父になれるのか、それども間違った対処をしているのか、心は悩むのですが、前へ進むしかないのだろうと反省しながら寝床に付くのでした。