2011年3月24日(八段語録1262)

東北・関東大震災

 もう既に二週間の時が流れようとしています。特に消防団としての活動がメインなので、この大災害に関しての被害状況が飛び込んでくるので、心が張り裂けそうになります。それでも、前に前進しなければならないので、自己葛藤が起きてしまいます。悲惨な状況の最前線に立つならば、そのような事は覚悟の上ですが、人間ですのでたまらなくなるのです。
 東北の沿岸部の崩壊状況は凄まじいものがあります。もう元には戻らないような光景です。ましてや地盤沈下が70センチも起こっていますので、原状回復になるには、相当な土を運んでこなければならないであろうと考えるだけで気が遠くなりそうです。地形が変わるのです。そのような地震は、一生に一度味わえるかどうかでしょう。陸地が海に埋没してしまうのです。
 今までの状況に戻す為に、復興に当たるのではなく、つまり既存の事だけに終わるのではなく、新たしい革新の嵐が吹きおこっても良いのではないかと考えるのです。そうでなければ、大津波に呑みこまれた多くの悲鳴が自分の耳に付き纏って来るし、新たなる挑戦をしなければ、多くの無慈悲に亡くなられた方々が浮かばれないのです。
 ただし、これからの復興は時間を要するのです。しかも、何がどのように展開していくのかは未知数なのです。確かに、支援の輪が広がって復興の兆しが見えては来ていますが、どのような援助があるのかは、分からないし、復興に関しては高いリスクが伴うのです。
 しかし、この大災害を被害だけに終わらせることなく、この事ゆえに、既存の日本の体制に新たなる挑戦をしなければならないし、ある意味では別な意味での大津波のように、既存の体制を呑み込んで余りある内容を提示する事ができればならないと思うのです。
 そのような事を考えながら、時間の過ぎていくのを虚ろに見渡しているのです。身体はやはり重いのです。稽古をしていないからという事もあるのですが、そればかりではないのは、隣の妻も感じているのです。妻は、私に直接口で励ましたりはしませんが、実際に行動して、家の事、隣近所の人の事、一生懸命なのです。その姿に自分も励まされます
 妻の千順さんは、最近は、仙台工業高等学校の避難所にいきます。理由は、宮城野区蒲生地区で被災された人達が収容されているからです。その人達のお世話をしたり、食事を持って行ったりしています。妻の姿は、奉仕の精神で満杯になっているように見えます。頭が下がります。