2011年3月19日(八段語録1257)

東北・関東大震災

 成田空港近くで一泊、避難民のような状況で飛行機にチェックインする事になりました。私は子供たちを見送り、被災地仙台に直行です。子供達は、これからの未来を背負っているので、この期間、疎開しながら、再びに日本に足を踏み入れる時まで、私達は頑張らなければならないという決意が自然と出来て来るのです。
 さらに、被災地である仙台に帰る際に、妻からの用事を済まさなければならないのです。仙台では販売が定かでない、卓上簡易ガスのボンベと、電気の料理用のプレートの購入です。電気プレートは何とか昨日の内に購入する事ができましたが、ガスボンベは、どこの店へ行っても品切れになっていました。それで、今日も挑戦という事になります。
 今回の大災害に関しては、挙国一致で取り組まなければならない事になるのです。その責任は、当然一国の首相が責任を持ってリーダーシップを発揮しなければならないのですが、行政も、民間も、地域社会のどのような立場の人でも、バランスよく責任を持っていかなければならない時期であると感じております。
 しかし、このバランスを壊すように、責任転嫁の報道が目立ち、批判を当たり前のように矛盾点を突きながら報道している機関を見るにつけ、バランスを曖昧にすることなく、ましてや、単なる抽象によって破壊するのではなく、多くの人々が責任を持って行く体制を確立なければならないと思うのです。さらに、福島の原子力発電の被害に対しても、全体が一丸となって、良き方向に向かうように成果を上げてもらいたいものであると感じるのです。
 今後の災害復旧活動も、国と地域がバランスする事によって最大の困難を越えていけるようにしたいものだと考えてしまいます。短期間にこれから、推し進めていける問題ではなく、長期間をかけての災害復旧になることは間違いと思うのです。その意味では、短期と長期を統合し最大の成果を上げる事ができるように目標をしっかり持った闘いをしなければならないと感じさせられるのです。
 仙台に帰るわけですので、安全運転で、無事に到着する事を最優先したいと思っています。それにしても、この大災害の闘いは、今が序の口でこれから、継続されていく課題にする事ができるように、最大限貢献していきたいという決意を持ってのブログでした。最後に妻からの食糧の調達の願いがありました。関東はまだ食糧不足という事がないので、十分確保して帰路に着くのです。