2011年2月21日(八段語録1231)

これからの極真会館の運営 中央集権の計画によって動かす活動は注意深くしなければならない

最近の中東諸国がインターネットのフェイスブックやその他の媒介による情報交換によって、独裁政権からの自由を叫びつつあるのです。情報技術の発展は、市民の意識改革を後押しつつあるのです。中東最大のエジプトまで自由化の波が押し寄せ、市民が独裁政権を倒し自由な祖国の建国を目指しているのです。
一般の市民が、今や世界の情報を共有するようになり、一人一人が自らの意思で立ち上がるようになっているのです。多くの人達が自立する時代に突入してきているのです。そのような意味では、市民一人一人が、あらゆるレベルに応じて、責任、能力、ビジョン、リスク選択、世界情勢の知識、意思決定など、市民に対しての、要求が増大しているのです。
さらに、独裁国家での、市民の不自由な生活は、個人の自由や、自由な組織を築くという最大限の分権化を要求しているのです。インターネットの普及における自由なメッセージの発信は、本心の自由を求め、最大限の分権化を要求するのであり、一人一人の自由な活動と創造性を願うようになるのです。今までのように中央政府の計画によって、あらゆる事を運営しようとすると、自立した組織や団体が育たないのです。そのような社会は、中東諸国のように再び「デモ等」で不満をぶつけるようになっていくのです。そしてそのような政府は滅びてしまうことになるのです。
そのような事を思いめぐらせる、私達の道場でも責任と決定の権限を、私というトップに集中すると、同じ運命になりかねないのです。それ故に、各スタッフまで、責任と意思決定の権限を分権化し環境に適応する事ができる道を選択すべきであると考えるのです。
もし、宮城県本部が環境変化に対応できない私一人だけの中枢神経によって、巨大になりつつある道場をコントロールしようとするならば、昔の恐竜となんら変わらない運命を辿っていったであろうと推測できるのです。そうであるならば、今の状態を変革して、スタッフが自ら学習の機会と責任が与えられ、加えて、もし失敗したとしても、私の力量によってカバーする余地を残す事が必要になって来るのです。