2011年2月20日(八段語録1230)

これからの極真会館の運営 スタッフの人間力

 79歳の母の妹の告別式がありました。親戚の連続の葬儀に、寂しさを懐きつつも、お疲れさまと心からご苦労と声をかけました。母の妹の棺の顔を眺めるなり、幼いころの思い出が呼び起こされます。いつも、母が庄屋の嫁に入った妹の手伝いをするのです。親父の収入と生活の足しにする為の、田畑の耕作の手伝いです。宮城野区の母の妹の農地は、相当広いものでした。
 母が朝早くから自転車で出かけて、帰って来るのは夕方日が暗くなってからでした。小学校以前は、母と一緒に田園にいるのです。ドジョウやフナを追いかけたり、カエルの卵を集めたり、田圃は、幼年期の思い出が膨れ上がります。特に昼時は格別でした。私がおにぎりにありつけるのです。農地の真ん中で日差しを浴びながらの楽しい昼食が思い出されます。
 亡くなった叔母さんは、夫の身体を思い創価学会の宗教を持つのです。結核の血統なのか早死にする家系ということでした。そこで、その家の伝統を省みずに信心が始まるのです。親戚からも反対され、跡取りの立場も無くなり、多くの財産を相続時には失ってしまいました。それでも、6人の子供たちを育て上げ、人生を信仰一筋で生きたという事なのです。
 私も相当宗教を勧められました。折伏という戦略で、座談会に呼ばれたりして、御本尊様の御利益の数々を示されたものです。それでも、我家は、どんなに貧しくとも、普通の生き方をするという事での生活でした。それでも、叔母さんが亡くなるまで、信心の勧めは私には続きました。そのような思いも、心から供養しながら、新しい一週間に向かう意気込みをしているところなのです。
さて、私達の道場は、私の心の持ち方でどのようにでも発展をもたらすと悟るのです。道場の発展は、私の信条の結実になると思うのです。10年前は、道場を始めたばかりで夢中に推し進めてきました。そのような事から発展途上にあったのです。
 今の道場の維持と発展は、私の姿勢が原動力となって、スタッフの強力なサポートがあっての結果なのです。かつて、大山総裁の時の極真会館の道場の発展の経験もこれを裏付けているのです。その意味では、スタッフの人間力のエネルギーの結集したところでのみ、急速な道場発展は見られるのです。
 そのような事を考えると、道場の発展は、スタッフの人間エネルギーによってもたらせられるのです。スタッフの人間力としてのエネルギーを生み出し、その方向付けを行うのが私の役割であると感じるのです。