2011年1月25日(八段語録1204)

これからの極真会館の運営

今日の社会組織では、ますます多くの人が、技能ではなく、知識によって働いているような気がするのです。あり意味で古代朝鮮からの流れのようです。韓国の伝統にヤンバンという貴族階級があって、科挙という試験を受けて官僚につく制度があったのです。すなわち、知識と技能の二つの差異の中で、知識を重要視した国家体制を築いていったのでした。
当時は、技能はあまり変化しなかったのです。それよりも、国家の制度や統治の内容に重点を置かれたのかもしれないのです。そして、知識を持って、限りなく変化に富んでいたということなのでしょう。中国からのあらゆる知識が国を栄えさせる要因と捉えられていたのでした。そしてその知識は、絶えず中国から導入されて、三年・四年ごとに中国に出向かなければ時代に遅れていたと言うことなのです。
これは、若いころ取得した知識はすでに、陳腐化され、新しい内容に更新され、昔の知識や経験では不十分なことになっていたということでした。新しい欲求、能力、世界観を持たなければならなかったし、自らを再生させていかなければならなかったのでした。
ところが、近年、日本の目覚ましい技術革新は、技術に目をつけ、日夜発展させることを心がけたのでした。つまり、技術力に対して、新しい欲求、能力、世界観をもった戦いを挑んだのでした。戦後の高度成長は、こうした努力によって支えられ、今の日本を支えてきたのでした。
ここまでは、順調に伸びてきたのですが、再び日本は、経済的側面を中心として閉塞感漂う状態になってきているのです。技術革新だけでは、世界をリードできなくなっているのです。最近アップル社のアイホーンやアイパット様々な利便性を踏まえた商品が世界を覆い尽くしております。その内容を検討すると、今までの技術力はそれ程進歩がないのですが、そこに利便性を駆使するという新しい知識を導入しているのです。人々に今までの技術力を土台として、最大の知識を活用しているように見えるのです。
そこで、再び願われることは、自らを再生させていかなければならないということなのです。もう一度原点に返って、あらゆる知識を活用しながら自らを再生させ、新しい自分を作らなければ、知識も技術も発展の要素にはならないのです。
空手道に関しても、アップル社と同様に、今までのあらゆる経験を通じての知識と技術が必要ですし、また深めていかなければならないのです。技術面でも、これで良いというわけでもないのです。絶えず切磋琢磨しながら、どのように自分の空手道を引き上げていくべきなのか、自分を植え替えるべき時が来ているのです。私自身今何をなすべきなのか、現状の中から、あらゆる検討を重ねて推し進めていくべきではないかと思うのです。