2011年1月19日(八段語録1198)

これからの極真会館の運営

 実生活における社会が、いかなるものなのかを一人一人が検討しなければならないのです。ただ単に眺めるだけですと、いずれ社会は見捨てていくのです。私達は、根なし草にもなってしまうのです。このように、眺めているだけの立場ですと、私達の眼には社会は見えないのです。いや、半分しか見えず、半分しか意味が無く思え、半分しか光が当たっていないということに思えるのです、そして発想が、予測不能な魔物に取りつかれてしまうのです。
 四十歳過ぎて、私は故郷に舞い戻ってきました。10代から、外に出て行きましたので、故郷に再び足を踏み入れると、もう既に浦島太郎状態だったのです。暗中模索しながら実感した事は、自らの意思によっては、生活とその糧さえどうする事も出来ないのでした。もう既に、馴染みのない社会が現存し、理解する事も出来ない状態だったのです。
 故郷の社会を見ると、馴染みのない人がたくさんいるし、目隠しされ、ルールを知らないゲームを、させられているような感じだったのです。特に実感したことは、社会は不条理に満ち、計算も出来ず、捉えどころのない存在と映ったのでした。
 私のみならず、職を失った人が感じる内容ではないかと思うのです。そこで、何でもって貢献して行くべきなのか、深く考えてのもこの時でした。その究極的選択が大学で学問をしようという事にもなったのです。学問からあらゆる事を再び、学び取っていったのでした。つまり、個人としての社会的な位置づけと役割を探し始めたのでした。
 結論として、社会的な位置づけと役割を見つけたことになるのです。その事によって、社会との関わりを強化する行動に出たのでした。個人として社会との間に、機能上、明確な関係を持つべきであると強烈な意思を持ったのでした。
 何の事はない、今まで培った空手道の技術を展開しただけなのでした。それが、最終的に極真空手を広めて行こうという役割と、師範という位置を明確にして、社会との関わりを深めることを決断と行動なのです。
 極真空手で何が出来るのかを、一つ一つ問い、あらゆる社会との関わりを必要としました。国との関わり、宮城県との関わり、仙台市との関わりと多種多様に及んだのです。そして国での役割、県での役割、市での役割、位置づけを明確にすることによって、根なし草にならず、しっかり社会と向き合える事ができる立場まで漕ぎつけたのではないかと感じているのです。