2010年12月30日(八段語録1178)

2010年の総決算(16)

 一見空手道場と関係のないものが、クローズアップされた年でもありました。今まで極真空手と言えば、成熟した青年の真剣勝負の闘いが主な主戦場でした。それ故に、道場は、強くなろうとする若者で、ごった返した時期を過ごしてきたのも、私の時代でした。
 ところが、近年は、幼児教育や学童の教育という事が、テーマになってきているのです。そのような関係の人達が、周りに集まり始めてきました。極真空手が何故に幼児教育にも力を注ごうとするのか、時代の流れの中で、必然性を感じているのも正直なところなのです。
 今の私の心の中を去来するのは、極真空手が生涯教育の一環としてチョイスされているという事なのです。それは、今後社会にとって生産的な新しい空手道の全体像を生み出すかのような気がするのです。もちろん、子供たちの成長に必要なのは、空手道だけではないのですが、一つの切り口になるということです。
 野球やサッカーでは、レギュラーの人数が決まっていて、補欠であったりするのです。つまり、選手として出場できない子供達も多いのです。その点、それらのスポーツの欠落した部分をしっかり受け止めて、誰もが選手として出場も出来、真剣に稽古に励む空手道があるということが啓蒙できるのです。ある意味で子供たちの主体性を最大尊重できるのです。そのことで、子供たちの獲得に成功しているという見解を持っているのです。
 この空手道という分野が、これからの日本の子供達に、新しい教育材料としての資源を提示し、子供たちの能力を一変させてしまう小さな変化を考えると、何か心の中から興奮してくるのです。繰り返すようですが、今の子供達に欠けているものは何か、成長を一変させるような成果として一変させるものは何か、子供たちの潜在能力を一変させるものは何かと、問い続けると、空手道の期待度の大きさは広がって来るのではないかと思うのです。
 これからの子供たちのニーズを書き出すならば、はじめて社会が望む成果を得るための必要な内容が空手道に網羅されているではないかと考えるのです。そして、それらの条件を満たしてくれることを指導していると感じるのです。これは、空手道の新たなる発見であり、空手道の潜在的な力なのだと思うのです。未来を築くために更なる開拓をしたいものだと感じるのです。