本部長通信71  2008年1月25日

韓国ドラマによって得られる恵み

 最近、夫婦で韓国ドラマに熱中しています。とても感動的なことが多くあって、夫婦の会話が堪えません。私がドラマを見るときには、妻は何度かすでにドラマを観ているのです。ですから私が見ているときには、妻からの解説が入るのです。ここはどういう場面で主人公の気持ちはどうであるとかと、話が始まります。

 ところで、我が娘が同じくドラマを見ていると、やはり妻の解説が入るそうです。娘はその解説が入ると、トラブルになるというのです。ドラマのクライマックスに入ると、娘が感動している中、浸りたい気持ちの時に、横から解説ですから、「うるさい」という言葉がでてしまうらしいのです。娘の気持ちがわからないわけではないのです。

 私はというと、娘とは違い、妻が熱心かつ気持の入った言葉で話しかけてくるそんな姿に感動しているのです。ドラマの感動以上に妻の弁舌さわやかな話し声に、ドラマと連鎖して、素晴らしいひと時として、過ごせているのです

 二十四歳から今まで、妻との人生の伴侶としての歩みは、三十年の歳月が流れました。忙しい時を共にすごし、一生懸命夫婦で苦楽を共にしてきました。三人の子供にも恵まれ、幸福の頂点を極めた続けた日々であると今は思うのです。そんな人生の歩みとドラマがダブって描かれるとき、感動がひとしお、込み上げてくるのです。

 若かりし千順さんとの出会いの時と、今を比べてみると、夫婦として理解してお互いが、見えないところで至誠を尽くしているのです。あうんの呼吸なのです。自由な愛情がお互いを行き来するそんなひと時を、十二分に味わうことができるのです。韓国ドラマは夫婦愛の再上陸として感動的なのです。